『学生さん?』
近所にある銭湯の更衣室で声を掛けられた。声を掛けてきた人物をみると、おそらく知的障害者だと判別できた。半笑いの表情に白く濁った左目、上半身は裸のままで伸びきったボロボロのボクサーパンツを履いていた。
『よくここ来るの?』
いいえと返事をすると、後ろの老人が『相手にしなくていいよ。』と親切心で耳打ちして下さった。彼がどういう人物か知らないが、軽い返事程度なら一言二言返してもいいのではないかと思った。
公衆浴場法って法律があり、街中には一定数銭湯を設置しなければならないと規定されている。
お風呂に入って身体を清める権利が、日本国民には保証されているわけだ。
だから、色んな人がいる。背中にビッシリ和彫りの刺青が入っている人もいる。
高齢化で肛門が緩んで糞を漏らしている人も過去にいて、騒ぎになった。
痴呆が進んでしまった方や、軽度の知的障害者もいる。
ここの銭湯には多いときは週に2~3回入りに来る。もちろん、僕の家にも風呂はある。
最大5人程度なら入ることができるサウナがあり、それほど混雑することも無いことが大きな理由の一つ。
平日の遅い時間帯に行くと、貸し切り状態になっていることもある。夕方に行くと老人手ごった返しているので注意。
サウナと水風呂へ交互に入る温冷浴は心地いい。巷でブームの “整う” 感覚も得られるし、風呂上りには丁度いい睡魔に襲われてスムーズに入眠できる。特にストレスが溜まる日々が続いて眠れないことは予測される場合は、まず銭湯に行って眠りやすい条件を整えておくことは大事だ。
サウナは、今では全く閲覧することの無くなったテレビ番組を見る機会にもなっている。今、改めてテレビ番組を見ると、昔と随分視点が変わっていることに気づける。特に、芸能人の空気を読む力や、 “お約束” の通りに進行していく感じ。昔はそれらを手放しに面白いと受けとれていたけれど、今は少し関心するだけで内容に興味が無いので退屈してしまう。
そこで驚いたことの一つに、サラ金のCMの割合がある。サウナでは自分でチャンネルを変えられないので、メジャーな局の番組が流されている。『コンビニで返せる』と謳うサラ金業者のCM後に、『60日間無利息』と謳う別のサラ金業者のCM。
世間的に人気とされている番組のCMを支えているのは、消費者金融なる闇の深いビジネスを営む会社の数々だと日本全国に向けて豪語されている状況だ。
昔見ていた、元SMAPの稲垣吾郎さんがMCを務める「本当にあった怖い話」のCMがサラ金業者のCMばかり‥って、その番組が実は消費者金融でお金を借りそうな人をターゲットに作られていたという話が本当に怖い。
世の中、実はこれ程までに堂々と、日常に弱肉強食が溶け込んでいる。僕の脳にも刷り込んできている。
もし僕が何らかの形で追い込まれたときに、サラ金を想起させる為の呪いがかけられたわけだ。
銭湯で心身を清める権利が万人に与えられている様に、テレビを通して弱者から搾取する権利も与えられている。
極楽な気持ちで見上げていた風呂場の天井から、大粒の汚い雫がバツンと額に落ちてきた。
水風呂にしっかり浸かれば心地いい夜風。まもなく9月の熱帯夜が始まる。
【あとがき】
『サウナは9るしイ』って語呂合わせで一発解決してしまう(9)項イ 蒸気浴場の覚え方を如何に冗長とするかがポイントになった今回の話。幸いにも本当に最近は週2~3回で近所の蒸気浴場へ足を運んでいるのでネタの収集や想起のタイミングには事欠かなかった。兼ねてより『何で、この銭湯はやっていけるんだ‥?』と疑問を持っていたが、弱者救済の意味合いもあると調べて知って納得していた。世の中の弱肉強食っぷりが垣間見え過ぎて、半ば現実逃避の為に足を運んでいるけど寧ろ現実噛み締める部分もあるよな‥と思った次第です。